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月の乙女と地上の兵士 4

Auteur: 46(shiro)
last update Date de publication: 2025-12-04 06:00:23

 ユイナはまるで触れられたくないというマテアの心を読んでいるかのように、直接肌と肌が触れないよう、指先まで気をつかいながら着替える手伝いをしてくれた。

 馬単に乗せられて以来、こちらの世界の衣装は目にしてきたが、どの女性も微妙に違っていたうえ何重にもまとっていたので、どれをどういう順番で重ね着すればいいのかわからずにとまどっていると、ユイナはそれを察して、自分の服を緩めて、身振りで着方を教えてくれた。

 足にクリームを塗り、靴下を履き、ズボンを履き、白色の衣を重ね、薄手の手甲をつけ、最後に残った刺繍入りの長衣をかぶったのち、水晶飾りのついた帯布で巻き締め、さらに数本の組紐をその上から巻きつけるのだが、この重ね着はマテアには暑くて動きづらい。

 さらにこの上から手袋や長靴を履かなくてはならないと知ったマテアはついに我慢しきれなくなって、長衣の下の衣を何枚かぬぎ捨て、ズボンも靴下もとってしまった。

 どうせ長衣の下に隠れてしまうから、長靴だけ履けば下を履いてるかどうかなんて誰にもわからない。

 自分の半分以下の薄着になってしま
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  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 6

     愛されなくてもいいなんて、嘘だ。 そばにいるだけでいいなんて、きれいごと。いつだって、愛されることを望んでいた。 おれを愛してくれ。 おれだけを見てくれ。 おれがきみだけのために生まれてきたように、きみが、おれだけのために生まれてきたのだったらよかったのに……。「……い、やあああああああああーーーーーーーーっ!!」 永遠と思えるほど引き延ばされた一瞬。 マテアは絶叫し、レンジュの元へ走った。 地に横倒れとなった彼の身を起こし、仰向ける。固く目を閉じたレンジュに意識はすでにない。 刃を刺したままでは死ぬのに時間がかかる。それをよく知っているレンジュは刺した瞬間刃を横に引きながら抜きとっていて、傷口からはどくどくと音をたてて大量の血があふれ出ていた。「いや……いやよ、レンジュ……」 マテアは震える両手を傷口にあて、血をなんとかして押し戻そうとする。己を染めていくレンジュの血という現実に、全身が痺れた。 外界を知覚する、あらゆる感覚がその機能を麻痺させ、真っ暗な闇に頭から飲まれていくようだった。 強すぎる動悸は、反対に心臓そのものがなくなってしまったような静寂と空洞を作り出す。 がちがちと奥歯が鳴り、涙があふれて視界がぼやけた。現実であると認めたくないあまり、気が遠くなりかける。「いや……。 おねがい、目を開けて……死なないで……」 本当は、わかっていた。レンジュを殺せないのは、自分の身勝手で他者の命を奪つことが許せないばかりではないこと。それを、恰好の口実にしていた。 認めたくなかったのだ、彼に意かれていることを。 自分が愛しているのはラヤだと、必死に思いこもうとした。 彼をサナンに奪われたくなくて、その一心で禁忌を犯してまで地上界

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 5

     ラヤは嘘をつかない。 彼の言葉にも気持ちにも偽りはなく、きっと彼はその言葉通り、いつもマテアのそばにいてくれるだろう。彼の心のように透明で輝かしい<魂>でマテアを包み、マテアの心が常に穏やかであるよう尽くしてくれるに違いない。「帰りたい」 ぽつり。言葉が口をついた。「帰りたいわ、ラヤ。ずっとそう思ってた。月光界に帰りたい、って」 皆のいる、あの草原に。地上界も、レンジュも知らなかった、あの穏やかな暮らしに……。「そうだね。帰ろう。今すぐつれて帰ってあげる」 ふわりとラヤが宙に浮かび上がる。 さあきみもと、促すようにマテアに手を差し伸べたそのとき。マテアは背後に人の気配を感じて振り返った。 そこにいたのは、眠っているはずのレンジュだった。いつからそうしていたのか、天幕の入り口の柱に手をついて、じっとこちらをうかがっている。 峠を越えたとはいえ熱は下がりきっていないし、菌が完全に消滅したわけでもない。これで体力が落ちれば再び繁殖をはじめてその猛威を奮うだろうし、外の風にあたって別の菌に感染するということも十分あり得る。 傷口自体、うっすらと膜が張っただけで、少し衝撃を加えれば、ぱっくりとまた口を開けてしまうだろう。 そんな体で立って歩いたと知って、マテアの顔から一気に血の気がひいた。「レンジュ! だめよ、天幕の中へ戻って!」 ラヤの誘導に従って差し出していた手を引き戻して、レンジュに正面を向く。 レンジュの手に、銀の刃のきらめきを見たのはその刹那だった。『ルキシュ……。なぜかな。正気をとり戻して以来、きみの苦しげな心の声が響いてくるんだ。 きみがおれの中に入った<魂>とやらをとり戻そうとしてやってきたということも、それができなくて悲しんでいることも……』 きみは、優しい人だから。命が失われることの意味を、誰よりもよく知ってるから。「ああレ

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 4

     後半、温かみに欠けた厳しい声音や、非難するような視線がちくちくと肌を差し、どうにもいたたまれなくなって、逃げ出すようにマテアは岩場を後にした。 気付かれない程度にそっと顧みると、ユイナの想い人は先までと変わらない場で立ちつくしている。 いやな予感が胸で渦巻いていた。 彼が話していたのは、レンジュに関してのことだ。とても真剣な、こわい眼差しで、それでいて淋しげな話し方だった。 レンジュに、何かあったのだろうか。 そう思うと急にこわくなって、ぴたりと足が止まり、前へ進めなくなる。今行こうと後から行こうと結果は同じで、ただ知るのが早いか遅いかだけの違いでしかないというのに、逃げ出したいほど膝が震えた。 このとき、もしユイナが通りかからず、『ルキシュ! やっとみつけた!』 と、呼びかけてくれなかったなら、マテアはいつまでもそこに立ち尽くしていただろう。 袖を引かれる形で天幕へ戻ったマテアは、うっすらと目を開けて自分を見ているレンジュを見て、うっと喉を詰まらせた。じんわりと目尻が熱くなり、目が潤むのが自分でもわかる。 レンジュの目は、今度こそマテアを見ていた。『やあ……』 枕元へ膝をつき、彼が自分を見ようとするあまり気道をふさぐことのないよう、真上から覗きこんだマテアを見て、かすれた声でレンジュは小さく咳く。『無事、だったんだね……』 指一本動かすのも辛いだろうに、よかったと、自分のために笑みを作るレンジュの気持ちが素直に胸に響いて、マテアは目をつぶった。 ぽろりとこぼれた涙が、レンジュの胸にあたって弾ける。 死の淵から戻ってきたばかりで意識が完全に機能していないのか、涙をぬぐおうとマテアの頬に触れかけた手を、横からユイナが掴みとめた。『ね? 言った通り、彼女は無事だったでしょう? さあもういいわね。峠を越えたとはいえ、まだしばらくは病人なんだから、もう寝なさい』 母親のように言って、彼の手をさっさと上掛けの下に押しこむ彼女に

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 3

    どこへ行くともなく、マテアは歩いた。 体が借り物のように感じられ、ふらついて、足がもつれそうになる。転ばないようにと、そればかりに気を配って歩いていると、一度掘り返された後、再び埋められて盛り土になったようなものがいくつもある、変な場所に出た。(なにかしら、これ……) もっと近寄ってよく見てみようと一歩踏み出して、土のにおいに混じって嗅ぎとった死臭に足が凍りつく。 整然と並んだそれらの一番前に、花が飾られていた。その陰に隠れるように、少量の食べ物と水の入った容器。 突如、レンジュの姿が重なる。「ああーあ……」 マテアはじりじりと後ずさり、踵を返すや脱兎のごとく走り出した。 はらはらと涙がこぼれた。レンジュのところでもひとしきり泣いて、ぬぐわないでいたたため、頬がひりひりと痛む。一度息を吸いこみ、ぐっと腹に力を入れて止めるとおさまるかに見えたが、立ち止まった途端、またも熱いものがこみあげて、鼻の奥がツンとした。 西に傾いた月を見上げ、顔面を覆う。 声は出なかった。出ると思って開けた口からもれたのは、ちぎれるような息だった。 もしかすると、本当に泣きたいとき、声は失われるのかもしれない。 もう、何も考えることはできなかった。心臓も、臓腑も、何もかも、自分の内側がごっそりえぐり出されてしまったような、誕生して以来一度たりと感じたことのない、巨大な喪失感が、マテアを襲っていた……。『やあ。ここにいたんだ』 岩場で、一人ぽつんと膝を抱いて月を見上げていたマテアは、声に反応して振り向く。そこにいたのはハリで、マテアが自分に気付いたのを確認した彼は岩場まで歩を進め、同じように膝を抱きこんでその場に座った。 ここにきたということは、自分に何か用があるのだろう。 痺れた頭の隅でぼんやりとそう思って、出方を待つ彼女に向け、ハリは愛想笑いを浮かべようとし、うまくいかなかったのをごまかすように頭をか

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 2

     差し出された手に握られていたのは、いつかの夜、なくしてしまった腰帯だった。 それがなぜここに? どうしてユイナが持っていたの? 持っていたとすれば、それはあの場にいたレンジュであるはず。 ユイナはきっと、レンジュから預かっただけなのだろう。これからはかすかにレンジュのにおいがするから……。 では彼はもしかして、あれからずっとこれを持っていてくれたというの? においが移るくらい、ずっとそばで? どきん、と胸が鳴る。 自分の物が長く彼とともにあったと思うと、気恥ずかしさがこみ上げた。 差し出されるまま受けとった瞬間、ちりっと熱い、痺れるような痛みが指先に走る。裏を返してみて、そこに走った裂け目とにじんだ血の跡を目にした瞬間、ぎゅっと胸が縮んだ。 これはレンジュの血だ。 直感した瞬間、マテアは見えない何かに背を突かれたように走り出していた。 ああ、なぜ今まで思いつかなかったのだろう。レンジュは、あんなにも不義者であったわたしでも、命賭けて助けにきてくれる優しいひと。無事保護されたからと、一度も顔を見せないようなひとではない。 そして、先からの背筋を伝う冷や汗や、指先が痺れるほどの不安感。 レンジュに何かあったに違いないのに! はたして予感は的中していた。 焼け残った資材や盗賊からとり戻した荷物などで作られた天幕の群れの中に一際おそろしさを感じる天幕があって、吸いよせられたように入り口をくぐる。大きめのランプを用いて照らされた内側では、すっかり血の気をなくし、敷物の上でぐったりと横になったレンジュの姿があった。 医師らしき男が脇腹にあてていた布をはがし、薬剤を塗布したものととりかえ、少女が枕元で額に浮き出る汗をぬぐっている。 己を冒し続ける苦痛にわずかばかり歪んだ面。呼吸は浅く、ごくたまに眉端がぴくりと反応する以外、なんの動きもない。 死んだように横たわるレンジュの姿を容易には受け入れることができず、マテアは天幕の入

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女は魂をとり戻す。永遠に 1

     夜明け近く、マテアは血痕を追ってきた隊の者によって発見された。 そのとき彼女は一人で、まるで彫像のように身じろぎせず雪の上に座していたという。 盗賊団首領・イルクの行方について訊いてみたが、もとより言葉の通じない彼女から何を聞き出せるわけもなく。知らせを受けて迎えにきたユイナに手を引かれて、隊まで連れ戻された。 不思議なことにイルクの物と思われる着衣一式が近くの雪上に落ちていたが、そこから立ち去った足跡はなく、このことに関して満足に説明できる者はいなかった。 ただし、衣服にはレンジュの報告通り左腹部に真新しい剣による裂け跡があり、大量の出血も雪上にみられることから、イルクの死はほぼ確定的とみられる。 それが、隊の出した結論だった。 ユイナに肩を抱かれて隊に帰りつくまでの記憶が、マテアにはなかった。 気付けば馬車の荷台に天幕を縫いあわせて作ったほろを被せただけの中に、毛布にくるまれて座っている。ふくらはぎの傷もあらためて手当てをされて、体中のすり傷に軟膏をぬりこまれていた。『ルキシュ、あなた本当に大丈夫なの? 顔色が悪いわ』 夕刻、食事を運んできたユイナが心配そうに覗きこみ、何度も訊いてきたけれど、とても疲れていて、応じる気になれなかった。 外界から隔離された荷馬車の中にいてもただよってくる、表の死臭に頭が重くふさがれ、ずっと気分が優れない。 外はずっと騒がしく、カラカラと車輪の回る音と、ざくざく土を掘る音があちこちでしていた。同じ調子でぶつぶつとつぶやき続ける長い声は、祈りのように思えて、マテアもそっと、いくつかの詩篇を口ずさんだ。 月光界に帰りたい……。 焼けつくように、そればかりを願う。 その思いはこれまでも常にマテアの中にあった。 心許せる友がいて。創世神リイアムとリオラムに仕え、その慈愛の光を受けながら祈りを捧げるだけで過ぎていた、平穏な日々。一喜一憂はあれど、自分で自分の心が把握できないほど乱れることはなかった。 ここへ来て、まだ

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女と地上の兵士 5

    「……あっ」 重ね着した上からなので熱は感じないが、火傷の上を握られて、喘ぎがもれた。『! 何するの!』 気配を察して振り返ったユイナがその手を叩き払ってくれたおかげで、ようやく硬直を解くことができた。 目深に被っていたため完全にはずれることを免れた被り布をあわてて元の位置まで引き降ろし、その下からあらためて乱暴を働いた狼籍者を盗み見る。 そこにいたのは、ぼさぼさ髪をうなじで一束ねにした巨漢の男だった。 こちらの者は全員陽の女神の寵愛を受けている証のような浅

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   月の乙女と地上の兵士 3

     若い、と言ってもこちらの世界で人の寿命がどれほどかわからないので本当の年齢は見当もつかないが、外見的はマテアと同じくらいだ。 先の女と同じ型に髪を結い上げていて、髪の色も肌の色も同じせいか、どことなく雰囲気が似ている。『ユイナ』『起こさないようにって言われてたでしょ? しそうだと思ったからレンジュもわざわざ断っていったっていうのに。 ほんと、辛抱が足りないんだから、かあさんてば』 やはりしゃべっている言葉は一言もわからず、ギャアギャアと鳥が鳴いているようだったが、ずっと柔和な笑顔で悪意を感じられないせいか印象はだい

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 3

    『どうして?』 それは、マテアも訊きたかった。なぜこの世界の者は他者を害してまで生きようとするのか。なぜどの人間も彼等の訴えに耳を貸してやらないのか。彼等は彼等にできる精一杯の心話で、あんなにも叫んでいるというのに。 最後の叫びすら、彼等は黙視される。あるいは、否定を。 マテアは配給される食事は水以外すべて拒み、一切手をつけなかった。もともと割当量が少なかったため、それらは商隊の者に見つかる前に他の女たちの間で分配されてしまう。マテアが食事をとらないことを知らせる者はおらず、誰もが知らぬふりをきめこんでいた。 ゆえに、マテア

  • 月光聖女~月の乙女は半身を求める~   交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 1

     マテアが奴隷商人に捕まってから十日後、商隊はアーシェンカの市に着いた。『さあさっさとこっちに並びな! どいつもこいつももたもたしてんじゃないよ! 尻を蹴り上げられたいのはどいつだい!』 ひきりなし、神経質なまでにぴしぴしと鞭で馬車の一端を打ちながら、外であの中年女が喚いている。 その言動に表れているように、彼女は今猛烈に機嫌が悪かった。道中先頭の馬車がぬかるみにはまって車軸が割れてしまい、その交換修理に手間どって思わぬ時間をくってしまったためだ。そのせいで、着くのが半日も遅れてしまった。 市でいい場所をとりたいのであれば、

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